名前さえ知らない君を愛すことがあるだろうか

 誰もいない静かな部屋でひっそりとパソコンをいじっていたら、いきなり携帯からラムのラブソングが大音量で流れて非常にびっくりすると同時に、なんだかやるせない気持ちになったKYRIEですこんばんは。…着メロ変えようかなぁ。でも気に入ってるんだよな、ラムのラブソング。ちなみに何が届いたかと思ったらジャンカラ(関西圏でたぶん最大手のカラオケ店)の割引メールだった。…やるせない。ところでラルクの新曲のDAYBREAK'S BELLがまたオリコンの2位まで上り詰めていて非常に満足。Mステで聞いたときは「ヤバイな…」と思ったが、CDで聞くとそうでもないし、もう少しオリコンランキング上位を維持してほしい。もちろん来月発売の「Hurry Xmas」にも期待している。


 最近、食っていないのにもかかわらず体重はなぜか増加している。まだ36kgには達しないとは思うのだが、自分であからさまに体重を見るのが嫌で量ってはいない。つうかどうなってんだ私の体。物理法則無視か? …やはり未だに「体重」「体型」という呪縛に絡まれていて、一日のうちそれに関することを考えている時間がかなり大きいのが嫌だ。こんなことを考えずに生きたいけれど、こんなことを考えずには生きていけない。最近は欝が収まってきているようで、それでも一日のうち何回かは「今死んでもいいんだけどな」と言う考えが、ふ、と頭をよぎる。今だって。そう。自分が呼吸をしていることに、自分が生きていることに、自分が明日も生きていかなければいけないことに、うんざりする。きっと、心から楽しいと思えることがないからだろう。その瞬間、瞬間で、何か「タノシイコト」があったとしても、私の中ではすぐに色あせてモノクロと化してやがて消えてしまう。「たぶん、あなたはとても刹那的なんですね」とは、以前誰かのカウンセリングを受けた時に言われたことだ。…そうかもしれない。浮遊するのは一瞬のみ、あとはまた泥沼の底に沈んでしまう感情。もう、何か楽しかったのか、何が不愉快だったのかすら、あまりよく覚えていない。たしかあの時は凄く笑ったよなぁとか、非常に腹が立ったよなぁとか、後から思い出すこともなくなった。感情が死んでいるのだろうか。基本的に「どうでもいい」。日常も、世界も、他人も、自分も。興味がない。たぶん、私みたいな存在は、死んだほうがいいんだろうなということだけ、おぼろげに感じるのだけど。
 今日はまた昼過ぎまで眠って、卒業研究用のアンケートをもう一度見直した後、職場のコピー機を借りて100部ほどコピーをしてきた。6枚組みのアンケートをひたすらホチキスで閉じてきただけ。後は、自分の生の罪深さについて思考したり、何もかも忘れたいなあと思いながらタバコを吸ったり、ぼんやりと読書をしたり。日曜日はこの程度サボるのがいい具合だと思う。なんなら一年間日曜日でもいいぐらいだ。いや、それはさすがに飽きるか…。正直なところ、今の学校の時間割と、バイトの入り具合だけならなんとか落ち着いて生活していけるなぁと感じる。其処に某医療専門学校の受験だとか、通信大学の勉強だとか、卒業研究だとかが入ってくるからたぶんしんどいのだ。でもこれは私以外の誰でもが体験していることなので、私一人がそんな楽をしていいということにはならない。でも、だからこそ、面倒くさいんだよな。そんな必死で生きて何になるのかなぁ。いまここでひっそりと死んでしまったほうがいっそ楽でいいのになぁ。苦しまずに殺してもらえるなら今すぐに殺してほしいという人間は、私だけではないだろう。いや、いっそ、苦しんでもいいから確実に殺してくれるのなら今すぐ殺されたい。誰かの快楽殺人に付き合ってやってもいい。いいから殺してほしい。本当に。


 明日は一限から講義がある。起きれるかが非常に不安だが起きないわけにもいかないので、たぶんちゃんとおきて学校に行くのだろう。午後はバイト。最近、休診の水・日曜を除いて毎日仕事している気がする…と思ってシフト表を見たらやっぱり休むまもなくシフトが詰められていた。いいんだけどね、別に。あーあ。