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 もうほんま死にたい…。というか、死ぬしかない? 昨日の夜、春雨ヌードル食べてたら、母親と父親に「あんたほんまおかしい」みたいなことを10分ぐらいかけてくどくどくどくど言われて、それから気分が落ち込んでいる。頭おかしくてすみませんねぇほんとに。過食が酷いとか、ちょっとは努力したらとか、言われなくても分かってるし、こっちだってやめれるもんならやめたいって話で。スパッとやめれる方法があるならやってるし、どうやったら止められるのか分からないから困ってるのに。たまーに友達に会うとき以外楽しいことなんて一切ないし、仕事なんてストレス胃に溜めて苦痛を感じるだけのために行ってるようなもんだし。それでも過食してる時だけ何にも考えずにすむから過食に走ってしまう。仕事をやめないのはただ過食にお金がかかるからそのお金のためだけ。人のことなんて、何にも考えてないよ。考える余裕もないし。このまま一生治らなくて、一生ひたすら食べては吐いて食費だけで一ヶ月が終わる生活が続くのかなぁ、今の仕事だっていつまでも続けられるわけじゃないしなぁ、常に親に心配と迷惑とストレスかけて生きていくのかなぁ。そんなことを考えたらもういっそ今死んでしまった方が役に立つんじゃないかと思えてきた。食費も浮くし、少なくとも私のせいで感じる不愉快さはなくなるだろうし、苛つかなくて済むし。一時のショックはある程度はあるかもしれないけど、長いスパンで見たら絶対死んだ方がいいよね。私だってこの苦痛から逃れられる。いいことだらけじゃん
 そんなことを、電車に乗ってる間中ずうっと考えていたら、本を読むより体感時間が短かった。駅のホームでも、今通過電車の前に飛び出したら死ねるかなぁとか、誰か突き飛ばしてくれないかなぁとか、誰か刺し殺してくれないかなぁとか、そんなことばっかり考えていた。思いつく限りのあらゆる方法で自分を殺してみる。飛び降り、首つり、リストカット、ホーム飛込み、感電死、毒死、樹海で餓死、ガス中毒、焼死、凍死、絞殺刺殺に入水自殺…。でもそんだけ考えても死ねないんだね。人から見たら勝手に死ねって話で、それで死ねたらこっちだってこんなところでブツブツ言ってないし。生きたくないのに生きてるだけでもう大罪だよね。死にたいのにしねないのと、死にたくないのに死ぬのと、どっちがいいだろう。こんなことを言ったら、怒られるかもしれないが、死にたくないのに死ぬ方が、死ぬまでの生を精一杯生きれて幸せかもしれない。死にたいのに死ねないのは、果てしなく続く苦痛に他ならない。せっかく生きてるのにとか、生きたくても生きられない人がいるんだよとか、辛くても生きてる人がいるんだよとか、そんな言葉は空虚だ。そんな言葉を言える人間は、何にも分かってない。分からないからそんなことが言えるんだと思う。過食嘔吐、それに伴う体調異常、家族との軋轢、心療内科に通う情けなさ、ストレス、苦痛。分かる? 経験しないで分かるわけない。分からないくせにそんな空虚な言葉で済まそうとするなんてね。
 私は、今の苦痛から逃れたい。過食嘔吐なんてしたくない。常に何か食べてないと落ち着かない。それなのに何か食べたら吐かずにはいられない、こんな異常な生活をやめたい。本当は死にたいなんて思いたくない。心から生活を楽しみたい。それなのに何もかも悪い方向に行くんだ。ちゃんと笑えない、家族ともうまくいかない、職場なんて最悪。母親は常にイライラして、父親は分かった顔をして、弟はますます的外れでそれでいて的確に人を傷つける言葉しか言わないし。仕事だってちゃんとできなくて、みんなを不愉快にさせて、ますます嫌われて、こんな私に生きている価値なんてない。そこにいるだけで、周りを不幸にして、自分だって不幸で。最悪だ。やっぱり、死ぬしかないのかな。それ以外に、解決方法なんて、思いつかないよ。私さえいなければ、すべて上手くいくんじゃないのかって、それしか考えられない。


 もうやだ。